(旧)えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

月に囚われた男 / 生きることの意味を問う哲学的SF

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ダンカンジョーンズ監督のSF作品。資源開発の技術が発達し、すべてのエネルギーを月の鉱石で賄うようになった近未来、管理者としてひとり月に取り残された男が採掘車の事故を機に衝撃の事実を知る。人間の存在意義にまで掘り下げた哲学的SFだ。
 
まず、この作品のガジェットが秀逸だったことは触れておきたい。映像を見る限り低予算で作られているようだが、閉鎖空間でほとんど物語が展開するので安っぽさは感じさせない。薄汚れて埃や土を被った施設は実在するかのようだ。
 
ストーリーは序盤、地球に残した妻と娘に会えることを楽しみにしながら、ただひとり月で退屈な作業をする主人公の日常が描かれ、中盤に大きな展開を迎える。月でひとりぼっちのはずが、もうひとりの人間、しかも自分と全く同じ容姿の男と出会ってしまうのだ。じつは主人公は経費削減のために作られた使い捨てのクローンに過ぎず、自分は数年ごとに死に、別の自分に入れ替えられていたのである。再会を楽しみにしていた妻も、クローン元の自分本人と幸せに暮らしている。主人公は月で生まれ、死ぬ事が最初から運命付けられていたのだ。
 
こんな状況に置かれたら、誰だって絶望するだろう。人生の意味がぜんぶ否定された気分になる。まるで物のように扱われ、将来は捨てられる。信じてきた世界はまるまる嘘で、地球に帰る楽しみも、生きる糧になってきた美しい思い出も、フィクションなのだ。バカバカしくてやってられない。自分がこの世に存在し、しっかり世界に根付いているんだという実感が得られなければ、生きることなんて楽しくないだろう。誰ともつながりがなく、ただ孤独に時間を潰すだけの生に耐えられる人間なんていないはずだ。
 
しかし、ふたりの主人公=ふたりのサムは現状を打破すべく努力する。自分の人生はぜんぶ嘘だった…ならばその嘘を暴き、利用されてきた権力者たちに噛み付いてやろう、そしてリアルな人生をこれから築いていこうじゃないか。月に取り残され、なにも与えられていない状況でこの前向きっぷり。半ばヤケクソではあるけど、未来を諦めたら生きることに甲斐がない。サムのポジティブさに感動した。諦めが悪くていいんだ。泥臭くもがきまくって幸せを掴もうとする努力だけは何があっても捨てちゃいけない。全体的にダークで鬱屈とした雰囲気が漂いつつも、観た後なぜか清々しい気持ちになれる理由は、常に前を向き続けるサムの活力にあるのだろう。
 
ラストでは死期を悟った"最初"のサムが自分の命を犠牲にする代わりに、"二人目"のサムに全てを託すことを決める。自分は絶望の中、不幸のどん底で死ぬことになる。それでも、もうひとりのサムには幸せな余生を過ごしてほしいと強く願う。切ない。切なすぎる。だけど、"最初"のサムにとってはそれが最善の選択である。愛する妻や娘を自分の手で幸せにすることはできなかったけど、せめてもう一人の自分だけは救いたい。それはこの世に自分が生きていたことを示す証になる。これからはふたりのサムがひとつの肉体に宿り、ともに生きることになる。ある意味、それは究極の自己愛、ナルシズムなのかもしれない。