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えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

ベン•ハー / 長い旅の末に待っていたのは…

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 ベン•ハーはとにかくスケールの大きな映画である。まず、上映時間が長い。4時間近くあり、途中にインターミッションが挟まれる。冒頭には序曲が流れて「これから長い旅に出るんだ」と自然に気が引き締まる。この物語の主人公ベン•ハーの人生は、おそらく世界史に最も大きな影響を与えたであろう男、ナザレのイエスの誕生から処刑、復活と並行して描かれる。単なるスペクタクル映画とは一線を画す非常に宗教的な要素の強い映画でもある。
 
 この映画を見た人が口を揃えて言うのは「映像が凄い」。月並みな表現と感想ではあるが、これだけの迫力をCGのない時代に作ったとは信じられない。まず物語自体がベン•ハーの漂流と帰還を描く壮大な叙事詩であるため、登場する舞台も全てが大きい。古代ローマの神殿、海戦、クライマックスの競馬場。その場にそのものがあるという実物のリアリティが画面から膨大なエネルギーで伝わってくる。
 
 海戦は俳優が演じるセットと精巧に作られたミニチュアの両方を駆使することで臨場感あるシーンを生み出している。波の大きさなどでミニチュアであることはハッキリとわかってしまうのだけど、独特の良さもある。CGで作られた映像にはどうしても作り物感が漂ってしまうのに対し、ミニチュアはスケール感の問題を差し置いても存在感があり、CGとは別のベクトルでリアリティを感じる。
 
 そして特筆すべきはやはりクライマックスの競馬シーン。約10分ほど、音楽なしで、ひたすら歓声、馬の足音、砂ぼこりの舞う音、馬車同士がぶつかって壊れる音だけを流すノンストップアクションだ。各馬車が複雑な動きをしてもいま何が進行しているのかをわかりやすいようにデザインされた配置、カメラワークに場所ごとの色分け。たとえばベン•ハーは白馬を引き、メッサラは真っ黒の馬車など、キャラクターに合わせて単純な色分けがされている。綿密に計算された上での大胆なレース。言葉ではうまく表現しづらい。ただただ息を飲むだけ。緊張と興奮が一気に押し寄せ、映画の世界に没入してしまう。これだけの映画体験を大スクリーンで堪能できた当時の観客が羨ましい。歴史に残る名シーンというフレーズもこの場面の前では全く陳腐にならない。この作品にかけられた情熱と努力を考えれば、後世の人たちに見てもらわない手はない。ホントにクラクラするぐらい面白かった。
 
 この映画は冒頭に述べたように、ナザレのイエス=イエス•キリストの人生が物語全体にがっちりはめ込まれている。4時間もあるこの映画のラストは、親友メッサラの裏切りで洞窟に幽閉され、らい病にかかってしまったベン•ハーの母と妹がキリスト復活の奇跡をうけて全快するというものである。正直、そんなのアリ?と思わなくもない。あまりに雑でお粗末なものと解釈する人がいてもおかしくない(ことし公開のリメイク版はこのラストを踏襲するんだろうか)。
 
 だけど、先ほど述べたようにこの映画はキリスト教映画だ。4時間もかけてこんなオチになってしまったのは、この映画がキリスト教の基本理念「赦し」だからだと思う。ベン•ハーはユダヤ教徒の名門家出身だったが、出世欲にのまれてすっかり変貌してしまった大親友メッサラに裏切られ、奴隷に身を落としてしまう(海戦での大活躍等が認められ、彼はのちにイスラエルに戻ってくる)。彼の母と妹はベン•ハー追放の巻き添えを食らって檻に入れられ、挙句らい病にかかって洞窟に閉じ込められる。割と最近までらい病は感染病だという迷信が広まっていたので、彼女たちは街から隔絶されたところに追放されていたのである。俗欲に溺れ、ユダヤの神を信じないメッサラのせいでベン•ハーたちの人生はメチャクチャになった。だけどベン•ハーはメッサラを赦す。競馬場での死闘の末、彼は怒りを胸にローマを去るが、親友をこれ以上責めるようなことはしなかった。最終的にベン•ハーは当時評判になっていたキリストの奇跡を頼ろうとする。しかし、彼に会おうとしても影したのはキリストが磔になる場面。ベン•ハーはキリストに水を飲ませた時に気づく。この男が船で自分を助けてくれた人だと。処刑を目の当たりにして意気消沈のベン•ハーは家族の元に戻って奇跡が起きていたことを知る。母と妹はらい病が完治していたのだ。
 
 ベン•ハーはメッサラを赦し、神もまたメッサラを赦した。この「赦し」こそまさしくキリスト教の基本教義の形なのではないか。宗教的造詣は深くないのであまり詳しくは触れない。しかし、この映画がキリスト教の「赦し」を描こうとした作品なのだと考えれば、すべてに合点がいく。そういうあらすじが好みかと言われるとハッキリ肯定もできないが、この大スペクタクル映画の底にあるのはキリスト教的な幸せの表現なのかと思うと興味深い。そして全体的に神秘的な雰囲気が漂っていて不思議な余韻も残った。英雄が一度追放されてまた戻ってくるところなんてギリシャ神話のオデュッセイアのようだし、神話らしさも物語の構造から見出せる。この映画を体験することに損は全くないと言い切れる作品だ。