(旧)えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

サウルの息子 / "映さない"ことのリアル

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 度肝を抜かれた映画だった。家の小さなテレビ画面では得られない体験。絶対に映画館という空間でないと楽しめない作品だ。4:3という画面比を最大限に生かした内容になっている。

 「サウルの息子」の題材となっているのはゾンダーコマンドと呼ばれるユダヤ人強制収容所で働かされるユダヤ人たちである。迫害の対象となる人たちが、迫害に加担させられるのである。冒頭は彼らが、シャワーと偽ってガス処刑室に送られたユダヤ人たちの遺体を片付ける場面から始まる。最初、見ている我々は何が起きているのかを認識できない。狭い画面の中に、まるでTPSのようにサウルの肩越しで閉鎖的な空間が映し出され、生々しい音と叫び声から徐々に事態を把握する。我々の見ることができない画面の外で何か恐ろしいことが起きている。直接映されるより怖い。全てを映してしまうと何もかも嘘くさく見えてしまう。だから、観客の想像力をかきたてることにより、おぞましい光景をリアルに植え付ける。全編この調子である。下手なホラー映画よりドキドキする。

 クライマックスでゾンダーコマンドたちが収容所を抜け出そうと反乱を起こす場面も非常に緊張感があった。全てが見えないから、観客も主観カメラに近い状態で映画世界に没入することになる。何が起きてるんだかさっぱりわからない。後ろから銃弾が飛んできてあっさり殺されるかもしれない。すぐ真横に死があることの残酷さを身をもって体感することになる。本当に凄い映画だ。

 ストーリーについても触れる。この映画は最初から最後までサウルが偶然見つけ出した息子の死体(それも本当かどうか怪しい)をユダヤの正しい方式で埋葬しようとラビを探し続ける話である。彼の行動は終始一貫していて、ビックリするぐらいブレない。宗教的背景も関わってきそうなので理解の及ばない部分もあるが、父が子を思う気持ちは普遍的である。せめて最期ぐらい…という悲痛な願い。到底叶いそうもない夢を追いかける。もしかしたらその時だけはいずれ待っている死の運命を忘れ、自分のやりたいことをやるという人間的尊厳を保てているのかもしれない。ジメジメしたコンクリートと鉄の牢獄の中にあってもより良く生きることを捨てない。少しでも希望を見出して(サウルは自分に対する希望は既にないかもしれないが)
残りの人生を意義あるものにしようとする。極限状態で生きる人の心理なんて絶対に理解できないだろうけど、そういう空間に置かれた時の人々の悲しさや虚しさにちょっとでも触れられたんじゃないか。人間としての全てを奪われてしまった収容所のユダヤ人たちの無念さを思うと、なんとも悔しい気持ちになる。