(旧)えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

ストレイト•アウタ•コンプトン/ことばで世界を変える

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 ギャングスタラップの分野を開拓した伝説のヒップホップグループN.W.A.の栄光と挫折を描く伝記映画。N.W.A.という名前にピンとこなくても「アイスキューブが所属していた」といえば映画好きの人はわかる。アイスキューブは現在ハリウッド映画界の中でもヒット作を飛ばし続けるプロデューサーと人気俳優の二つの顔を持ち、豊かな才能を発揮している。本作でもプロデューサーとして製作に関わっているし、彼の息子が父親役として抜群の演技と歌を披露している(ホントにソックリ)。また、このグループの出身者でいちばん成功しているのはドクタードレーだろう。彼は音楽プロデューサーとして2pacエミネムを育成、ハイクオリティのヘッドホンブランドも立ち上げ、国内でも屈指の大金持ちになった。そんな彼らはどこの出身かというと、ロサンゼルスにあるコンプトンというスラム街である。身近に強盗や違法薬物などの犯罪が横行する街で育った。当時のミュージックシーンにおける西海岸のヒップホップは、発祥の地NYを中心とする東海岸に比べ、大幅に遅れをとり「ダサい」イメージが先行していたらしい。そんな時代にN.W.A.のメンバーはコンプトンの現実や世の中への不満を過激なリリックに込めてラップにした。こうしたギャングスタラップはまだ新しく、多くの若者の心を捉え、一躍大人気グループとなったのである。
 
 あれよあれよと言う間にスターダムにのし上がっていく様は爽快だ。コンプトンでくすぶっていた少年たち(特にイージーEは大麻を売りさばく本当のギャングだった!)がお金持ちになって酒池肉林のどんちゃん騒ぎをするのは予想通りすぎて笑ってしまうけど、彼らのエネルギーと輝きには凄いものがある。有名なエピソードとして、ライブ前に警察から圧力をかけられたにもかかわらず、「ファックザポリス」を歌い、メンバーがステージ上で逮捕されてしまうというものがあり、本作でも描かれている。ブラックカルチャーの根底に流れ、N.W.A.もそのテーマとしているものに「反権力」がある。この事件はその理念を端的に表していると思う。

 彼らの活躍と同時期に、ロドニーキング事件(スピード違反の黒人男性を暴行した白人警官が無罪判決を受けた)が発生。あまりに歪な権力構造に対する不満が高まり、ロス暴動にまで発展した。彼らが直接これを煽ったわけではないが、その背景としてN.W.A.の存在があったのは間違いのない事実である。最近でも黒人を射殺して無罪放免になった白人警官が取り上げられ、デモで反対の声が上がるという事件があった。現実はなにも変わっていないようである。この映画がアメリカで大ヒットしたのも、終わりの見えない差別と暴力の歴史に多くの国民が疑問を抱いているからではないだろうか。

 少々話が逸れてしまったので、ふたたびN.W.A.について考える。ここまでの展開を聞くと順風満帆である。しかし、知名度が上がり、活動の幅が大きくなるに従ってメンバー間の争いや対立も増える。映画の中では特にイージーEとその他のメンバーの間の収入格差が原因となってN.W.A.がバラバラになっていく様が描かれている。この映画の肝はここだと思う。N.W.A.解散の一因となった収入格差の問題は、彼らのプロデューサーが中間搾取をしてきたためであったと判明する。これまで反権力をうたってきた彼らは、その権力によって内側から破壊されてしまうのである。なんとも虚しい。全てが終わったあとに過去を振り返ってみると、「あのときは良かった」と思ってしまう。だけど、そんな輝かしい時間は戻ってこない。みんな別々の道を歩み始めてしまった。まさに栄光と挫折の物語だ。「ストレイト•アウタ•コンプトン」が単なる伝記映画にとどまらない魅力を放っているのは、こうした青春映画としての奥深さがあるからである。

 また、異なる進路を選んだメンバーたちだけど、N.W.A.の絆は失われていなかった。お互いが大人になり、許しあえるようになったとき、N.W.A.再結成の話が持ち上がる。また楽しかったあの頃の俺たちに戻ろうじゃないか。そんなとき、不幸にもイージーEが病によりこの世を去る。エイズが原因だった。突然すぎる形で終わってしまったN.W.A.再結成の夢。不謹慎な言い方かもしれないが、イージーEの死によってもう二度とこのグループが帰ってくることはなくなり、N.W.A.はひとつの伝説としての地位を固めたのではないだろうか。自分はヒップホップ素人だけど、この映画からはそういうメッセージを受け取ったと理解している。とにかく圧倒的な熱量をもった傑作青春映画であることは間違いない。