(旧)えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

世界にひとつのプレイブック/少しイカれたきみが、なぜか希望の光。

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 「Silver Linings Playbook」という原題は少々理解するのが難しい。「Silver Lining」は直訳すると銀の裏地。どんな雲も後ろには太陽があるから縁は光り輝く。転じて、「逆境の中の希望の光」という意味になる。「Playbook」は山口百恵の歌ではなく、アメリカンフットボールの用語だ。チーム秘伝のフォーメーション地図を指す。したがって「Silver Linings Playbook」は「逆境からの再起指南書」みたいな意味になる。プレイブックという響きが好きなので、それを残してくれた邦題はけっこう気に入っている。ちなみに映画ファンからの評判はあまり良くないようだ。ちなみに主人公パットの父親はアメフト狂。
 
 タイトルのことはここまでにして、本題に入る。この映画は、妻に逃げられて通院中のパットと夫を亡くして自暴自棄になったティファニーが、ひょんなことから出会い、ダンス大会の練習を通して本当のパートナーになっていくお話。凸凹コンビが苦難を乗り越えながらやがてお互いに共通点を見出し、時にすれ違いに苦しみながらも、最後には固い絆で結ばれるヒューマンドラマは最近の流行りでもあり、よくあるタイプのストーリーではあるのだが、本作が出色なのはパットとティファニーの問題の描き方。ふたりとも精神を病んでいて側にいたらとんでもなく面倒くさそうなタイプの人間。パットなんて小説のオチが気に入らなかっただけで深夜に大暴れし、家の窓を粉々にする。この映画はこれを重々しく描くことはしない。むしろけっこう笑える。こういうと障害をバカにしているように聞こえるのだけど、バランスが絶妙で、決してそういう風には見えない。ユーモアを交えつつ、シリアスな問題を愛情のこもった温かい目線で笑い飛ばしてやろうという雰囲気。正直問題なのは主人公の二人だけじゃない。パットの父親もギャンブル狂でメチャクチャ。この話に出てくる人はみんな不器用なのだ。スマートに生きることなんてできない。だからこそ、彼らは暗闇の中でもがき、希望の光を探し求めてる。誰だって自分の中にそういう部分はあるし、まわりに悩んでる人がいたら優しく手を差し出してあげようっていうメッセージがこの作品には込められてると思う。パットやティファニーはエキセントリックで理解しがたい部分もあるけど、思い通りにいかないことに苦しんでるところなんてみんなと一緒なのだ。だから共感できるし、応援したくなる。この作品の中心の主眼として、毎日幸せを追い求めて思い悩む人たちへの共感の眼差しがあるんじゃないだろうか。

 クライマックスのダンス大会、パットやティファニーたちはまわりに比べて散々なスコアでも大喜びする。なぜなら自分たちの設定した目標には達していたから。他の観客はキョトンとしてしまっているけど、そんなのお構いなし。「世界にひとつのプレイブック」のもうひとつの観点はここにあると思う。すなわち、余計なものに縛られていたら幸せにはなれないというメッセージ。パットもティファニーも過去に囚われて前に進めなかった。準備期間として無駄ではなかったかもしれないけど、とにかく昔のことにこだわっていた時間は彼らにとってものすごくストレスフルで辛いものだったはずだ。それが最後、自分たちのことだけを考えて、前だけ見てやりたいことに力を尽くして、いちばん欲しいものを手に入れる。手前にある分厚い雲をいつまでも眺めて絶望するんじゃなくて、その向こう側に白く輝く太陽があることを信じて待ち続ける。そしたらそのうち風が吹いて雲はどこかへ飛んでいき、ふたたび地表には日が差すことになる。もちろん待ってるだけじゃなくて努力も必要かもしれないけど。とにかくパットにとってはティファニーティファニーにとってはパットが黒く重い雲を吹き飛ばす風だったのだろう。どんな状況にあっても希望をなくしてはいけない。そんな力強いメッセージを受け取れる。元気の湧いてくる映画だ。