(旧)えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

フラッシュポイント/トラウマを越えてゆけ

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 これまでアメコミについて考えをまとめる機会があまりなかった。自分も何冊か読んでいるのだが「バットマンvsスーパーマン」に影響されて初めて買ったDCコミックスのクロースオーバー大作「フラッシュポイント」はこれまででいちばん面白かったので、ぜひ感想を残しておきたいと思う。いつも通りネタバレ全開。

 アメコミヒーローにありがちな設定に「肉親を亡くしたトラウマを抱えるヒーロー」というものがある。有名なのはブルース•ウェイン/バットマンである。映画化されるたびにウェイン夫妻が無残な死を遂げるので、そろそろウンザリしてくる頃だ。じつは同じDCコミックスでいうともう一人、肉親を亡くした有名なヒーローがいる。真紅のスーパースターことバリー•アレン/フラッシュである。二人とも目の前で親を亡くしている。ブルースはこの事件をキッカケに犯罪の撲滅を誓い、暗黒の騎士/ダークナイトとして夜のゴッサムを守っている。バリーの場合、母親の死はヒーローとしてのオリジンに関係はない。しかし彼の心には大きな傷が残ったし、この後もずっと尾をひくことになる。「フラッシュポイント」はパラレルワールドものなのだが、こうしたヒーローのオリジンと絡めた非常に興味深いifの世界を構築している。

 主人公のバリー•アレン/フラッシュはそもそも高速移動の能力を失っている。母親は生きているし、父親も投獄されなかった。しかし婚約もしていなければ、子供もいない。これはマズイと感じたバリーが元の世界を取り戻すべく奮闘するのがこの話のあらすじである。バットマンもその正体はブルースではなく、その父親トーマス•ウェインになっている。息子を殺された怒りからヴィジランテとして活動し、悪者は容赦なく殺す。スーパーマンはそもそも誕生していない。彼を乗せた脱出ポッドはメトロポリスの中心部に直撃し、多くの死者が出た(終盤、じつは政府によって極秘裏に匿われ、研究対象になっていたことが発覚するが)。アクアマンとワンダーウーマンが抗争に明け暮れるヨーロッパは半分が水没、完全に荒廃した。あとはサイボーグのヒーローとしての格が上がっていたり、シャザムは6人の少年少女の合体変身(北斗と南みたいな)だったり、挙げたらきりがないぐらい。もうメチャクチャだ。ディストピアが好きな自分にはすでにお腹いっぱいの設定である。

 正直、DCの基本設定を知らない初心者の自分からすると、難しい部分は多かった。しかし、それ以上にフラッシュとバットマンのバディものとして非常に良くできている。最初はバリーを疑っていたトーマスだが、フラッシュに戻ろうとする彼の本気度、必死さに感化されて協力し始める。徐々に二人の間に生まれていく絆、ヒーローとしての信頼感、友情。時空を超えた熱きタッグに胸が躍った。

 また、謎が謎を呼ぶ展開も素晴らしい。読んでいて先が気になって仕方がない。おかげですぐ読み終えてしまった。これはパラレルワールドの強みでもあると思う。未曾有の危機に対し、ヒーローはどう動くのか。平行世界からやってきて理解者のいないバリーが熱心に人びとを動かしていく様は感動的だし、その結末として最後に待ち構えている悲劇も非常にエモーショナル。読んでいてこれだけワクワクするアメコミは自分にとって初めてだった。

 細かい点で言うと、地下に幽閉されていたスーパーマンを見つけ出すシーンは鳥肌がたった。なるほどそっちに回収されていくのかという感心の気持ちだ。圧倒的な力を保持しながら、それを活用することのできないひ弱な青年。この世界の悲惨なスーパーマンを見ていると、現実の世界の彼がいかに周囲の人間に恵まれ、幸せな環境の中で育つことができたのかがわかる。スーパーマンに限らず、パラレルワールドでの姿を見て初めて、元の世界でのキャラクターの面白さや奥深さを確かめられるという点でも「フラッシュポイント」は秀逸である。

 何より熱いのはラストだろう。フラッシュとバットマンの抱えていた「肉親(バットマンはこの場合息子だけど)の喪失」というトラウマが、皮肉にも、そして感動的に交錯するのだ。「フラッシュポイント」は終盤、絶望的な展開を迎える。アクアマンとワンダーウーマンの争いを仲裁するべく両軍の間に割って入るフラッシュ率いるヒーローたちだったが、事態は悪化する。仲間のひとり、エンチャントレスがワンダーウーマンのスパイであることが発覚。さらにシャザムが戦いの中で命を落としてバトルは激しさを増し、ヒーローがどんどん死んでいく。そんな中で明かされる衝撃の事実:この世界の混沌の原因はフラッシュ自身にあったのだ。彼は元の世界で死んだ母親を取り戻す方法を見つけ出し、それを試した。その結果、歴史が改変され、世界は大きく変わってしまったのである。仲間のヒーローも、ワンダーウーマンの軍もアクアマンの軍もほとんど死に絶えた。状況を打破する方法はただ一つ、タイムスリップして母親を取り戻そうとする過去の自分を止めることである。これはすなわち、自分の母が生きている夢のような世界を捨て、再び母親のいない元の世界に戻ることを意味する。どれほど苦しく辛い決断だろうか。しかし彼はヒーローだ。母親に全ての事情を説明し、涙の別れの末、母親に会おうと必死な過去の自分を妨害する。ついに彼は母親の死というトラウマに真正面から向き合うのだ。過去の自分vs現在の自分。フラッシュは痛みと悲しみを乗り越え、混沌と絶望の世界に終わりをもたらす。母親を失う苦しみを二度味わってでも世界を救わなければならないというヒーローの宿命。悲しいけど、メチャクチャ熱い。

 最後の最後にもう一つ燃える展開が待っていた。ヒーローがほぼ全滅した平行世界、母親に最期の別れを告げようとするフラッシュにバットマンは手紙を託す。彼にとってブルースが生きているフラッシュの世界は希望そのものである。徐々に元の世界の記憶を失っていくフラッシュにバットマンとはこう告げる。「負けるな…私の息子を忘れるな…」と。自分は戦いで命を落とすけど、息子は違う世界でまだ生きている。彼もまた今際の際に心の傷を癒すのである。そして元の世界に戻った(正確に元に戻ってないが)バリーはバットマン/ブルース•ウェインのもとを訪れ、父親の手紙を渡す。初めは驚くブルースだったが、たしかに父親の優しさと愛を感じ、涙するのだった。

 親の子を思う気持ちとこの親を思う気持ち。バリーと元の世界のブルースは親を失い、平行世界のトーマスは子を失う。たとえ違う次元の世界に住んでいようと、天国にいようと大切な人を思う気持ちは変わらないし、絶対に消えない。母親をもう一度殺すという残酷すぎる決断をしたバリーだったが、希望は残っている。まだ平行世界にいた頃の記憶が残っているからだ。大人になってからもう一度大好きな母親に出会えた。多くの人が願っても叶えられない夢を一瞬でも見られたと考えれば、すこしの救いはあったと言えるかもしれない。