読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えいがのはなし

映画に対する感想を自由にまとめたものなのでネタバレを含むレビューがほとんどです。未見の方は注意してください!

ちはやふる 下の句 / 千早の蒔いた種

f:id:StarSpangledMan:20160509153722j:image
 下の句は上の句と完全に地続きの物語になっている。さいきんの邦画はやたらと前後編構成にして興行収入を稼ぐセコいスタイルが主流だ。そして時々失敗している。たとえば「進撃の巨人」は2部作構成にした結果、ただでさえ薄い内容が無に等しくなった。おかげで宣伝規模に比して期待はずれな結果に終わってしまった。「ちはやふる」もその手の映画ではあるのだけど、上の句と下の句に分けることに意味を持たせようという意思が感じられる。下の句で描かれる千早のスランプとそれに対するソリューションは上の句の展開を踏まえたものになっている。"上の句"が"下の句"につながる。まるで本物の短歌のようである。というわけでこんかいは上の句との関連性を指摘しつつ下の句の良さを語りたい。
(上の句の感想はhttp://starspangledman.hatenablog.com/entry/2016/05/11/160336をご覧ください)

 下の句は上の句へのアンサーになっている。具体的に言うと、本作は上の句で千早が周囲に教えた大切なこと(かるたの面白さ、それからチームで戦うことや仲間がいることの素晴らしさ)が、本人が苦しんでいるとき、回りまわって返ってくるという構成なのだ。上の句鑑賞後に考えていた「こうなったらいいなあ」という展開を見事になぞってくれた。この点でちはやふるを2部作構成にしたのは大成功だと思う。

 下の句でキーマンとなるのは新と詩暢のふたりだ。共通しているのは"ひとりで戦っている"こと。チームと友情の素晴らしさを説いた上の句の流れを汲みながら、ふたりは別々の結論を出すことになる。新は瑞沢高校かるた部に感化され友情を感じることで悲しみから立ち直り、詩暢はチームで戦うことの強さを認めつつも自分の道を歩むことになる。友だちとの絆の大切さは主張しても、それを全てのキャラに押し付けなかった。"友情パワー"みたいな簡単なところに着地しないのは良かった。

ふたりは千早が道を迷う原因でもある。新がひとりで戦うことになってしまった(というかかるたを辞め、周囲に対して壁を作ってしまった)のは、彼にとってかるたをとる理由になっていた名人の祖父の死だった。千早はそんな彼を助けたいと思い、自分がかるたをする姿を見せることで昔の楽しかった頃を思い出させようとした。そうすればかるたに対する興味が復活するかもしれないし、なにより"仲間がいる。私がついてる"と新に伝えられると考えたからである。結果的に、この言動は太一を悩ませることになる。なにせ彼女に片思いをしている上、「このチームで勝ちたい」というよりは「新にかるたしてる姿を見せたい」という気持ちで試合に挑んでいるように見えるからだ。少々エゴイスティックで団体で戦うには邪魔な感情かもしれない。
さらに千早は全国大会にクイーンこと詩暢が参戦することを知り、どうしても彼女に勝ちたいと思うようになる。上昇志向があるのは結構だが、一度決めたら後には引かない頑固な性格な彼女は全てのエネルギーをクイーン対策につぎ込んでしまい、チームの和を乱す。そして太一に叱責されひとりぼっちになってしまう。

 ふたりの存在によって千早は泥沼にはまってしまう。新に「一人になっちゃダメだ」と伝えようとしておいて、自分がひとりになっちゃうのだ。新と、クイーンと、チームと、かるたに対する気持ちがグチャグチャに混ざった複雑な感情を誰にも表現できずにひとりで抱え込み、千早は孤独になる。ミイラ取りがミイラになってしまった。しかし、上の句で千早が蒔いた種は下の句で花を咲かせる。すなわち、彼女がみんなに教えてきたこと、与えてきたものが彼女自身を助けるのである。

 千早のかるたに対する熱心な姿勢は確実に周りに好影響を及ぼしていた。特に燃えたのは須藤が全国大会対策の秘伝のファイルを渡す場面だ。「俺らが負けたのはこんな弱いヤツじゃねえ。ちゃんとやれ」。まさしく叱咤激励。ベタだけどスポ根ものには欠かせない展開だ。ここで彼女の気持ちは完全に切り替わる。全国大会で千早は熱を出して団体戦に貢献できない。気づいたら負けてしまっていた(この省略はビックリしたけどおそらく必然だ)。しかし試合を終えた仲間たちの顔は清々しかった。練習の成果を、自分の実力を振り絞り、なによりかるたを楽しんだ。近くに仲間がいたから頑張れたと胸を張って言えるチーム。そんな友だちの要すを見て千早も安心する。これで個人戦も頑張れる。次はクイーン戦だ。

 個人戦での千早の輝きは、新と詩暢の心を動かす。新には「あなたは一人じゃない。みんながついてる」という励ましの言葉がしっかり伝わった。瑞沢高校かるた部の戦いっぷりを見て新は涙する。かるたが楽しかった頃を思い出したからだ。なぜ、あの時は楽しかったのか。本当にわかりあえる友だちがいたからだ。忘れかけていた大事なことに気づいたとき、新は祖父の死を乗り越えて次のステージに進めたのである。一方の詩暢はチームで戦うことの強さを認めつつも、あくまで自分は自分のためにかるたをするのだと断言する。決して強がりなんかじゃない。これが彼女の哲学であり、生き様なのである。試合後の千早と詩暢の交わす言葉が最高に爽やかで熱い。

「かるた、楽しかったね。また今度しようよ」
「クイーン戦で」

お互いの実力と相違を認め合っての友情。上の句ほどテンションの上がる場面はないけど、静かに燃え上がる火力は下の句の方が上だ。

 正直なことを言うと、以上のような諸要素を同時並行させ、終盤にクイーン戦と新の物語を合流させた結果、テンポも乱れがちでイマイチ乗りづらくなってしまったのは否めない。非常に惜しい。あと上の句と雰囲気が違いすぎるので面食らった(前後篇で作ることに意味を持たせた素晴らしい冒険ではある)。しかし、以上の点をもってこの作品に低評価をしようとは思わない。メタ的な基準を持ち込まなくても十分素晴らしい部活青春モノであることは事実だ。続編も製作されるようなので首を長くして待ちたい。